夏だまりの家

夏だまりの家

それは多分、時間は解決してくれなくて


予告編

作品ジャンル

映画


お知らせ

「S.T.E.P. 2021」(大学連携による映画人育成のための上映会)にて上映いたします。
開催期間:2021年3月14日(日)~19日(金)
会場:K’s cinema

この度「大学連携による映画人育成のための上映会S.T.E.P」にて『夏だまりの家』が上映される運びとなりました。
作品が私達の手元を離れ歩いてゆく中で、
人の想いと、
言葉と、
眼差しに、
この映画が如何様にも形や姿を自在に変えられる事を知りました。

今回の上映で、どのような『夏だまりの家』を観客の方々に受け取ってもらえるのか。
同じ空間、同じ時間を多くの人と共有できることが、今から楽しみでなりません。
ひとりでも多くの人と作品が出逢い、自身と『夏だまりの家』の関係を築いてもらえますように。
気をつけつつ、お越し頂ければ幸いです。
何卒、宜しくお願い致します。

石井 梨帆(監督)

卒業制作展ではオンライン上映を含め、私の想像を遥かに超える、多くの方に『夏だまりの家』を観ていただきました。
ソーシャルディスタンス、三密。
人と会うことが難しかったこの年に、こんなにたくさんの人と繋がれたのは「奇跡」です。

そしてこの度、『大学連携による映画人育成のための上映会S.T.E.P』での上映が決まりました。
私にはまだ馴染みのない土地での上映。
きっと、また、多くの人と出会い、繋がれる。
そんな期待で私の胸は高鳴っています。
たくさんの「奇跡」をもたらしてくれる『夏だまりの家』に感謝して…
ぜひ、劇場でお待ちしております。

山口 紗也可(主演・結城 初深役)


『夏だまりの家』の道

『夏だまりの家』は2020年から2021年にかけてつくられた映画である。
明日を歩んでいくために、見て見ぬフリをしてきた家族という関係性に立ち返りたい。
当初、この作品は監督である石井梨帆の個人的な想いの元に始動しました。
自身と家族という存在の関係を、身近に、そしてダイレクトに向き合おうとした時、
奇しくも時代は、2020年・3月でした。

否応なく、人と人の繋がりを再認識せざるを得なくなった。
そして、新たに関係性を構築しなければならない必要がこの渦中に生きる私達は強いられている。
そんな現代をもどかしく思いながら、だからこそ『夏だまりの家』は生まれました。 
この作品は、この渦中だからこそ、遠隔撮影や望遠レンズを用いて、
人との関係・空間・時間・距離を映しとるために方法論的に追及した映画であると考えます。

最後に、この映画は”自身”と”家族”の映画であると同時に、”自身”と”他者”の映画です。
『夏だまりの家』が辿ってきた軌跡が、
どの時代であっても変わらぬ “自身” と “他者” の在り方を巡ることを願っています。


物語(あらすじ)

2020年の秋。
初深(はつみ)は、2年ぶりに実家である家に⾜を踏み⼊れる。
その家は、祖⺟の死を境に夏に留まり続けていた。
初深はやがて、 “その家で変わらずに暮らし続ける兄妹たち” と
“祖⺟と親交のあった少年” と同じ屋根の下で⽣活を営み始める。


作品情報

73分55秒/カラー/スタンダード/ステレオ


CAST

山口 紗也可(結城 初深) Sayaka Yamaguchi

​1999年生まれ 福岡県出身

現実で⽣きている⼈より、物語の中を⽣きている⼈のほうが輝いて⾒えたことから、漠然と役者になりたいと思い始めた。⾃⾝が監督、主演を務めた『吸って、吐いて。』がある。

主な出演作品に、『告』(監督:⼩寺智也)『少⼥逃避⾏』(監督:⽔⼝絵美⼦)舞台『無差別』(作:中屋敷法⼆ 演出:⼩原藍)などがある。

作品へのメッセージ

カメラの前に⽴って、共演者と⾔葉を交わすうちに、何が本当なのか分からなくなりました。ただ、あの家の光がとても綺麗で、空気が⼼地よくて、ずっと前からこの家に住んでいたような、懐かしくてなぜか胸がきゅーっとなるような感覚がずっとありました。きっとこの映画も、そういう⾒えないものが映り込んでいるんじゃないかと思います。​​

細井 春平(平野 想介) Syunpei Hosoi

2001年⽣まれ 滋賀県出⾝

死ぬまでに⾃分以外の⼈⽣を送ってみたいという思いと友達に⾃慢したいという下⼼から俳優を志す。今作が初出演作となる。

作品へのメッセージ

平野想介を演じることは、分からないことだらけでしたが、分からないなりに演じました。そこにいたいといった感情の葛藤がとてもしんどくて、考えを放棄して逃げた時がありましたが、最後はそれに向き合って演じることができて、⾃分でも想定していない物が⼝から出てきて驚きました。本当に良い経験をさせていただきました。

吉井 優(結城 透) Yu Yoshii

1995年⽣まれ 京都府出⾝

京都造形芸術⼤学(現:京都芸術⼤学)⼊学後、『⾚い⽟、』(監督:⾼橋伴明)に出演。主演を務めた『べー』(監督:阪本裕吾)では、学⽣残酷映画祭2016にてグランプリ、観客賞を受賞する。主な出演作品に『カルチェ』(監督:植⽊咲楽)『オーファンズ・ブルース』(監督:⼯藤梨穂)『ロスト・ベイベー・ロスト』(監督:柘植勇⼈)『浪漫倶楽部』(監督:加島⼤靖)がある。

作品へのメッセージ

脚本上に役者を制約する台詞やト書きは極⼒排除されており、唯⼀の拠り所は『関係性』てであったと感じています。現実世界にいながら、⾃分を⾃分たらしめる為に誰かとの『関係性』に頼っている私がいることを再認識しました。奇しくも、この映画に込められた考え⽅に通じる発⾒であったかも知れません。そんな「夏だまりの家」がどんな映画に昇華するものか、 出演者ながら楽しみで仕⽅ありません。 ご覧になった観客の⽅に、楽しんでいただけていれば幸いです。

⻑⾕川 七虹(結城 来夢) Nako Hasegawa

2001年⽣まれ 愛知県出⾝

中学時代に観た映画に救われ、⾃⾝が映画に携わっていくことを志すようになる。

主な出演作品に、舞台『滅びの⼦らに星の祈りを』(脚本・演出 須⾙英)『転校⽣』(作:平⽥オリザ 演出:⼭本タカ)がある。

作品へのメッセージ

この作品の中に息衝く⼈々や空気、時間に眼差しが向けられた時、⽣まれてゆくたった⼀度きりの幾つもの瞬間が、暗闇の中で守られますように。

池内 祥⼈(向井 朝陽) Sachihito Ikeuchi

1998年生まれ 神奈川県出⾝

20歳の時にヤン・イクチュン監督の『息もできない』を鑑賞し、⾔葉では表すことが出来ないふつふつと湧き上がるものを⼼の中に感じ、本気で俳優を志す。出演した『CHAIN』(監督:福岡芳穂)が劇場公開を予定されている。

主な出演作に、『スロータージャップ』(監督:阪本裕吾)『ぱん』(監督:辻凪⼦)『てれすこ』(監督:⼩寺智也)舞台『無差別』(作:中屋敷法⼆ 演出:⼩原藍)がある。

作品へのメッセージ

この世に⽣まれて、気づけば当たり前のように存在している家族。どこかの⼩さな街で、⽋けている何かを探すこともなくただ平等に時間は流れる。そんな時間の中で交わる⼈間たちの姿に注⽬して観ていただきたいです。本当に当たり前なのか。当たり前とはなんなのか

STAFF

撮影仲村逸平
照明⼭⻄⾥奈
録音/衣装メイク池⾕佳菜代
美術沖中真由
音楽⻑⾕川⼤祐
制作⼭⼝紗也可 池内祥⼈
編集⼭⼝紗也可
助監督川﨑 涼⾹
監督⽯井 梨帆

監督

​​石井 梨帆 ​​Riho Ishiia

1997 年⽣まれ 茨城県出⾝

中学時代に、映画・⼩説・アニメなど多岐に渡る物語に触れ、物語を⽣み出す憧れを抱くようになりその道を志す。⾼校時代より映像・映画制作を始める。

監督作に『軌跡が居る』(2019)がある。

作品へのメッセージ

想いを想いのまま持ち続けながら、この作品を製作していました。それは映画の中の登場⼈物達と同じように、幼く、不恰好なものであったような気がしています。明⽇のこと、昨⽇のこと、すぐ隣にいる⼈のこと、遠くに住む⼈のこと、⾃分⾃⾝のこと。この作品が、観てくれた⽅にとっての“⾒えないものに触れにゆく時間”になれれば嬉しいです。


コメント

幽霊は視界の隅に見えるらしい。
この映画の登場人物たちも画面の隅に見え隠れしたり、あるいは後ろ向きで顔が見えなかったり、はたまた声だけ聞こえたりする。
ところで亡くなったお祖母ちゃんってどんな人なんだろう…本当に亡くなったのか、そもそも実在していたのか。
どうして兄妹をはじめとした人々はこの家に吸着されてしまうのか。彼女らは実際問題生きているのか…。わからない。
けど、わかる物よりわからない方が面白いですよね。

渡辺 謙作(映画監督・脚本家・俳優)
『プリズン13』『舟を編む』


私が目を閉じている状態は一生のうちにどのくらいあるのだろう。
私が耳だけで人の気配を感じたのは一生のうちどのくらいだったんだろう。
私の感覚が地上にある以上、親しかったりそうでなかったりする人の気配を感じ続け、
また地上から私の感覚が消えたとしても私の痕跡を巡り、
他の人たちが囁き続けるのだとしたらそれはいつまで続くのだろう。
『夏だまりの家』は、そんな風にスクリーンを眺める私がまるで登場人物たちの家のどこかに転がってるような時間を感じさせてくれます。今から焼きそばを作るね。あ、もう食べてるね。やがてその焼きそばの場に、私も立ち会うことになりそうなくらいの近しさを感じながら、それはどこまでも遠く離れていて。
映像はスクリーンであってもモニター画面であっても、そこにあるのはどこまでも幻でしかないのに、音は時間を越えて本物である。この、映画の不思議をここまで感じさせるのも珍しい。映画の不思議はそもそも存在の不思議なのかもしれない。誰かと会うのは自身の存在を確かめる為でもあり、人と接する事に制限を加えられ、存在のあやふやさを嫌という程感じた2020年でなければ、この映画は生まれてこなかったのかも知れません。

鈴木 卓爾(映画監督)
『嵐電』『ジョギング渡り鳥』


生と死が曖昧な世界。生きていたはずの人が死んでたり、死んでいたはずの人が生きてたり。その世界ではみんなが一緒にご飯を食べる。監督の石井梨帆さんが眼差しを向ける場所では夏にも雪虫が飛んでいる。それがいつなのかはわからない。石段の上、物置の薄く開いた扉の向こう、破れた障子から漏れる光。粉々になった骨はどこに撒かれるか。解かれる毛糸はまたいつか何かを形作るだろうか。このさき石井さんが生み出す世界を見るたびに、きっとそのことを思い出す。二十年後、三十年後、またこの映画の話をできるといい。そのとき私がいなくても、他の誰かがその話をしてるといい。

杉田 協士(映画監督)
『ひかりの歌』『ひとつの歌』


卒業制作展アフタートーク

卒業制作展でのアフタートークを録画配信しています。

杉田協士さん『ひかりの歌』(監督)
✖️
石井梨帆『夏だまり家』(監督)
✖️
山口紗也可『夏だまりの家』(主演)


SNS


SOTSUTEN 2020

STEP 2021

京都芸術大学 映画学科

映画

作品へのコメント

  1. 生活音や展開の間、現実的で自然な台詞や表情など、作品全体の空気感が心地良い作品でした。
    初めは様子をうかがいながら鑑賞していましたが、彼女たちの関係性や状況が少しずつ見えてくるうちにその空気感に引き込まれていました。
    それぞれの人物像を明かし過ぎていないからこそ、すべてを見終わっても不明な点がいくつも残りますが、こうして画面に切り取られた外側にもこの家族の日々が存在していることを想像させました。それがこの作品の大きな魅力だと私は思います。
    見終わってから自分の家族のことをなんとなく考えました。今この作品に触れられて良かったです。見る機会をくれてありがとう。制作お疲れ様でした。

  2. 岸辺の向こうとこちらの境界を揺るがすような空気を作り出す光と空間が良い。
    透と初深の会話シーンは、最後画面外に一言も発さない別の誰かがいる事がわかる、というのが衝撃で、なんだか少しまいってしまった。映画を観ている自分の他にもその光景をただじっと聴いている人間が画面外にいて(画面外という点で観客と同じ立場にある)、しかも最後に声をかけられる、という不意のつかれ方は、今まであまり経験した事がないかもしれない。

    この映画は、「のような気がした」という曖昧さを、とても大切にしているように感じ、凄く良かった。茨木のり子の、亡き夫Yに宛てた題名の無い詩を思い出した。映像の曖昧さへの誠実さを感じた。

  3. 生活音が心地良いなぁと思った。
    風鈴の音、野菜を切る音、部屋の中を歩く足音、俳優さんたちの声も‥
    聞いていて気持ちよかったです。

  4. 詳しい感想は直接話しましたが、今回の上映作品で一番好きな作品です。
    グレーディングや構成などまだ充分にこの作品の魅力に追いついていないところがある気はしましたが、ブラッシュアップして、ドンドン公開して、この4:3のフレームの中の世界を広げていってほしいと願います。

  5. たくさん考えることが多い映画だった。人と人の繋がりを見ていい気持ちにもなったし、何を表しているのか咄嗟に分からなくて、登場人物の役目を悶々と考えたりしてモヤモヤとする映画でもあった。だけそ、そのモヤモヤはいい効果を示していて最後まで飽きずに見ることができた。見終わった後も思い返すシーンが次々と出てきて、最後に見てよかったなあとしみじみ思った。

  6. 映像ホールにて拝見させて頂きました。

    個人的には好きとか嫌いとか、そんなものを超えた所にこの映画は居ました。

    画面に映る彼ら、彼女らとは全くもって違うものですが、自分も画面の中のみなさんと似たような想いをした過去を思い出し、劇中ずっとそれが頭をよぎりました。始まってすぐ胸が苦しくなり終わってからはすぐには立ち上がれませんでした。勝手に私情を織り交ぜてしまいすいません。きっと映画の見方としては不正解なんだと思います。

    それほどまでに美しく、リアルにひとつの家族を見せてくれたのがこの映画です。

    自分も同じ映画学科で4年間映画を作ってきた人間なのですが、自分が作りたかったのはのはきっとこういう映画なんだろう…そうな風に思わされました。

    映画を見てこんな気持ちになったの初めてです。「夏だまりの家」に出会えて本当によかった。石井組の皆さん本当にありがとう。お疲れ様でした。

  7. 映像ホールにて拝見させて頂きました。

    個人的には好きとか嫌いとかそんなもの超えた所にこの映画は居ました。

  8. 映画の専門的な知識がないので、的外れな感想になってしまうかもしれません。

    細密なところまで制作者の方や役者さんの感性が作り込まれていると感じました。個人的に印象に残ったシーンは前半・後半で洗濯機のすすぎの音やコップの金属音や小銭の音など、夏に誰しもが感じうる神経質になり何かに追い立てられるような情景がサウンドを通して伝わりました。
    何気ない会話(1番好きなのは「石って死ぬのかな」のくだりです。)にも意図的なのかどうかわからないのですが、子供と大人の境目のような、繊細な感受性が節々に表れておりました。映画は、映像美にこだわるものだと思っていたのですが、夏だまりの家は殆どカメラが固定になっており、どこのシーンを切り取っても静止画として美しいなと、映画で感じたのは初めてです。沈黙の使い方が絶妙で、作中では主人公をはじめ登場人物の実態を多くは語らなかったと思いますが、この映画の魅力はうまく言語化できない所にあるのだと思います。

  9. 映画館の最前でスクリーンを見上げて、
    映画の中に入り込んでしまい、
    終映後、後ろや隣に客がいて、他にも誰かいたんだあ、みたいな。

    とても好感を持ちました。
    スタンダードFIXのせまい見せ方が想像をかき立てる。
    いるのに見えない。見えないのに聞こえる。聞こえるがわからない。わからないから考える。
    幽霊の映画でしょうか?
    (以下ネタばれ)

    私見ですが、
    ときおりはさまれる手持ち映像のように、
    人間のどうしようもない性(さが)みたいなものが、
    一瞬でも映ってたら、幽霊に会ったようにドキッとしたかも。
    硬質で緊張をはらんでいたから、
    わかりやすい何か一つがあれば、
    感情揺さぶられた気がする。

    一緒に鍋をつついてた女性は誰だろう(亡くなった人?)
    そうすけは中学生なの?
    みんなで骨を砕いてたのかな…
    謎は尽きず、もう一度観たい。
    スクリーンで。

  10.  合評で見させていただいたときの第一印象は、正直にいうとよくわからないでした。今回、卒展で大きなスクリーンで改めて鑑賞させていただきましたが、これはすごい映画だと素直に思いました。
     私はこの作品を支える軸となっているのは、登場人物ではなく家にある部屋をはじめとした空間であると感じました。映画を見ているとどうしても登場人物の台詞や動向を追いかけがちなのですが、最初映画を見ているときは俳優さんの表情や動きを見ようとしていたのに、途中から自然と部屋の様相や置かれている家具などを見ながら台詞を聞くようになっていました。登場人物が物語をつなぐための存在ではなく、空間がつなぐ物語を彩るものとして機能していたように思えました。そのため劇中に登場する人物すべてが背景や人物像といった表面的な面が気にならずある空間ある場所にいるという事実、映画のなかに存在しているという面で見れるという今まで映画を見てきて初めての体験をしました。
     映画の空間表現としての側面が独特な人間の描き方と相まって、今までの映画を超越した、あるいは私が見落としていた映画の深層心理に気づかされる作品でした。

  11. 遺影のない祖母の人柄を、
    役者たちを通じてうかがい知ることができる、いい映画でした。
    人はいろんな気持ちを整理するのに、時間に頼ってしまいがち。
    でもそれだけではないということが伝わりました。
    自分はいろんな気持ちを整理するのに、
    人は忘れやすい生き物だと思うようにしていますが、
    この映画の場合は、それは余りにも悲しすぎるかもしれません。
    自分は人を看取ったり、またじきに看取られるようになるかもしれない
    中途半端な立場で、
    そんな中で、この作品に出会えてよかったと思いました。
    普段の生活音を作品を通して客観的に聴くことによって、
    少し浄化された気がしました。

    あと気になることがあって、
    意図的なのか、繋ぎが不自然なところがあって…。
    でも、
    まだこれからも磨いていける作品じゃないかと思います。

    コロナ渦での卒業制作お疲れ様でした。
    これからのみなさんのご活躍を祈念しております。

  12. 遺影のない祖母の人柄を、
    役者たちを通じてうかがい知ることができる、いい映画でした。
    人はいろんな気持ちを整理するのに、時間に頼ってしまいがち。
    でもそれだけではないということが伝わりました。
    自分はいろんな気持ちを整理するのに、
    人は忘れやすい生き物だと思うようにしていますが、
    この映画の場合は、それは余りにも悲しすぎるかもしれません。
    自分は人を看取ったり、またじきに看取られるようになるかもしれない
    中途半端な立場で、
    そんな中で、この作品に出会えてよかったと思いました。
    普段の生活音を作品を通して客観的に聴くことによって、
    少し浄化された気がしました。

    あと気になることがあって、
    意図的なのか、繋ぎが不自然なところがあって…。
    でも、
    まだこれからも磨いていける作品じゃないかと思います。

    コロナ渦での卒業制作お疲れ様でした。
    これからのみなさんのご活躍を祈念しております。

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