誰かの記憶に残ること/誰かの記憶を残してゆくこと

PFFアワード2021グランプリ『ばちらぬん』監督・主演:東盛あいかさんインタビュー


 2021年、沖縄県の与那国島を舞台にした映画『ばちらぬん』が誕生した。この作品で、初めての監督・主演を務めた東盛あいかは、与那国島の出身。「失われてゆく島の文化と祖父の姿を映画で留めておきたい」。そんな思いを胸に、与那国語で「忘れない」を意味する「ばちらぬん」という言葉をタイトルに掲げ、制作を進めた。
 それは、決して平易な道のりではなかった。当初は、与那国島でのオールロケを予定していたものの、2020年の春、新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、予定していた企画は実現不可能となった。しかし、予定していた企画に変更を重ね、出来上がった作品は、見事「PFFアワード2021」に入選。9月には、国立映画アーカイブ(東京)での上映が控えている。
 俳優・監督のみならず、多岐にわたる活動を行う東盛は、今後どこへ向かって行くのだろう? 映画『ばちらぬん』のエピソードを中心に、これまでの、そしてこれからの東盛あいかに迫ることにした。

追記
・9月25日(土)
『ばちらぬん』PFFアワード2021グランプリ受賞に際して、東盛監督からコメントをいただきました。(ページ下部に更新しました)


東盛あいか

HIGASHIMORI Aika

1997年生まれ、沖縄県出身。地元の与那国島には映画館もレンタルビデオ屋がなく、進学した石垣島の高校時代にレンタルDVDで映画を観始める。京都芸術大学で多方面から映画について学び、現在は俳優事務所に所属。


 日本の最西端に位置する沖縄県・与那国島。15歳までこの島で過ごした東盛あいかは、島の映画環境をこう振り返る。「映画館やDVDのレンタルショップがなく、映画とは程遠い環境で、たまに観ることができるのは、地上波で放映される作品くらい」。大自然の中で育ち、映画とは程遠い場所にいた彼女が、映画の道を志したのはどのような経緯だったのだろうか?

「与那国島には高校がないので、高校に行くために島を出て、石垣島に行ったんです。そこで、中学から続けていた陸上や駅伝をやっていたんですが、監督とそりが合わなかったり、高校生活がうまくいかなかったりして、不登校の時代があって。与那国島にはなかったDVDのレンタルショップも石垣島にはあったので、その時に映画を観始めました。その時は、ただ映画を観ているだけだったんですが、いつ頃からか映画を観ているうちに、自分も映画に携わりたいな、出たいな、という思いが芽生え始めて……」

 映画の道を志す前も「人前で何かをすることで、誰かが喜んでくれる姿を見るのが好きだった」。そう振り返った東盛は、結果的に在籍していた高校を辞め、愛知県で働きながら、高卒認定資格を取得後、京都芸術大学(当時は京都造形芸術大学)に入学。「自分が高校を辞めていなかったら、多分、映画はやっていなかったですね」と当時を振り返る。『ばちらぬん』で初監督・初主演を務めた東盛に、二足の草鞋を履いて活動をしようと思った時期や経緯を聞くと「最初は、俳優をやりたい気持ちの方が大きかった」と答えた上でこう続けた。

「大学の仲間と一緒に、映画を撮る環境がある。それは学生の時にしかできないものだな、と思っていたので、仲間を作って与那国に引き連れて、映画を撮るんだ、という思いは1年生の時からありました」

 もともと目指していた俳優だけでなく、他の領域も積極的に学んだ背景には、授業外での活動も大きかったという。「2年生でオープンキャンパスを手伝って、俳優じゃないことをやり始めてから、楽しいことを進んで学んでいく姿勢ができて、映画学科にいる間に、色々なことを学びたいな、と思っていました」。編集・脚本・撮影・録音・美術・制作……。授業のみならず、授業外活動においても東盛はフィールドを広げてゆく。編集の授業で、編集の側面から俳優を見つめた経験も俳優活動の上で、役に立っているようだ。

 3年次には、卒業制作に向けて与那国島の文化を研究し、4年次の卒業制作において『ばちらぬん』を監督するに至る。

東盛が初監督・初主演を務めた映画『ばちらぬん』

「「与那国」と聞いてピンと来る人はなかなかいないと思うし、どういう島なのか、どういう人たちが住んでいるのか、そういったものを捉えたかった。あとは、島に住むおじいちゃん・おばあちゃんの話を聞き出せる時間も、そう長くないと思っていたから、昔の話だったり、歴史の話だったり、そういうものは撮り収めたいな、と思っていましたね」

島に住むおじいちゃん・おばあちゃんの話を聞き出す。彼らの姿を捉え、映画に反映させる……。それは、消滅危機言語であり、習得が非常に難しいとされる「与那国語」を、音の要素も含めて映画に残す意義も、大きかったのではないか?

 『ばちらぬん』が制作されたのは、2020年。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、大学もオンライン授業を余儀なくされた。大学内への立ち入りも制限される中、『ばちらぬん』もまた、コロナの影響を受け、大きな変更を加えた。卒業制作に入る前の2020年の春先を、東盛はこう振り返った。

「コロナで、映画製作ができるかどうかが怪しくなった時期、仲間と離れて、島で一人で過ごしていたんです。TVなどで状況が変わっていく様子を見ていて、違う世界にいるようにも感じていて、自分が今、どこにいるのかわからなくなって……。進みたいのに進めないし、何をしたら良いのかもわからない。映画も作れるかはわからない。それで、春先くらいはちょっと精神状態が危なかったんです」

週に1度、東盛組のメンバーが集うオンラインミーティングにも、出席できなかった時期があったらしい。

「それでも、今ここで、できることってなんだろう、と考えた時に、自分でカメラを持ってとりあえず撮れるものを撮ろうと思って。自分の足で歩いてみたら、それまでに知らなかったことだったり、知らない場所だったり、聞いたことのない話だったりをその期間にたくさん吸収することができて、やっと気持ちも動き始めて。そこから、前を向いて動き出すことができました」

結果的に、企画選考会議の時点で提出していた元の企画は、ほとんど残っていない。新たな企画への転換を余儀なくされ、途方に暮れた時、そこには組のメンバーがいた。

「組のみんなとは、卒業制作と関係なく撮りたいものの話や、最近見た夢の話もしたりしましたね。行動は制限されても、みんなで話す時間は多くあったので、限られた中でどう動くかを試された時期でした。制限された中で生まれるものもあるんだな、ということを経験できました」

組のメンバーとの会話は、新たなアイデアにも繋がった。京都で撮影されたファンタジーシーンと与那国の2つの世界を交わらせるアイデアは「コロナだから生まれたアイデアだった」と振り返る。

「京都で撮影したファンタジーの世界と、与那国の世界とを組み合わせることによって、現実だけを取り入れるより、人間の潜在意識を刺激できるんじゃないか、と思って。ファンタジーの部分を取り入れることによって、より一層『ばちらぬん』を観た人が与那国に対して思いを膨らませることができる要素になるんじゃないか。そう思ったんです」

 2つの場所を繋げることで、実在しない架空の土地のようにも見える。2つの異なる場所を、1つの世界として繋げる上では、どんなことを意識していたのだろう?

「2つの世界のはざまを、溶け合いさせたかったんです。人間が見た時に、この世界が繋がっている、と視覚的に感じられるような編集を意識してやっていました。あとは、どうやったら観た人の想像がより膨らむか、考えながら編集をしていました。それが活きたのか、色々な感想をもらえて、こういった見方もあったんだ、と逆に気付かされたこともありました。学科内で行われた合評の時には、編集についても散々言われたので、何くそ、と思ったんですけれども(笑)、結果、卒業制作展に向けて編集を重ねて、『ばちらぬん』の印象は大きく変わりました」

 ファンタジーシーンや、溶けて混じり合ったようなあの場所。合評時には「意味がわからない」「与那国に対して嫌悪感を抱いた」といった批判的なコメントもあったという。同じ感想を抱く人は、誰1人としていない。様々な方向へと広がりを見せる感想を目にする東盛自身も「『ばちらぬん』の感想って難しいですよね……」と観客を気にかけつつも、こう続けた。

「観客に考える余地を与えないのもつまらないので、観た人が自由に受け取って、考えて欲しいな、と。頂いた感想を読んでいて、観る人によってこんなに感想が違うんだ、と思えたので、映画ならではの面白さが発揮できたんじゃないかな、と感じましたね。『ばちらぬん』が観た人によって、自立して歩いていったように思いました」

『ばちらぬん』の見方を誘導するような文章を書くことは、できる限り避けたいと思いながら、私自身が抱いた感想を続けると、神話や伝説に近いイメージを得た、というのが一番の印象だった。時代すらも不明瞭な『ばちらぬん』の世界において、何世代にも渡る時間をかけて受け継がれてきた何かが、交錯しながら存在している。その印象は、空間や登場人物においても、同じことが言えるだろう。与那国島や京都といった実在する場所が交わることで、生まれたもう1つの新たな場所。『ばちらぬん』の世界に生きる人々も、それぞれが個でありながら、様々なものが受け継がれた抽象性を持っているかのように感じる……。そう伝えると「言語化してくれた」と東盛は嬉しそうな表情を浮かべた上で『ばちらぬん』における人物の演出方法を語り始めた。

「ファンタジーシーンでは人間ドラマを描いていないので、俳優陣も最初、脚本を見た時はどう演じたらいいのか、と戸惑っていたんですね。今回の『ばちらぬん』では「行動の方に主軸を置いて欲しい」と伝えていて、感情優先というよりかは行動優先の演出を行っていました。だからあまり人間っぽく見えないんですよ。ドキュメンタリーの人たちに対して、ファンタジーシーンに生きる彼らは、どこか人間離れしたように見える。俳優が演じる時は、その人物のバックボーンを考えたりもするけれど、今回は、あまり人間というよりかは、抽象的なイメージを一人ひとりに持たせて、それをどう受け取ってもらえるかは観客に任せよう。そう思っていました」

 全体を通して、「生命力」の強さを感じさせる作品でもある。画自体に迫力があり、生命力が溢れ出る与那国のシーンのみならず、京都で撮影されたファンタジーシーンにおいても、それは健在だ。木々の揺れ、循環する野菜、匂いを嗅ぐこと、触れること……。視聴覚的芸術である映画の特性をうまく用いて「視覚」と「聴覚」を研ぎ澄ませるよう働きかけるのみならず、映画から直接感じることが不可能な「嗅覚」や「触覚」、時に「味覚」すらも呼び起こすかのように感じられる。「『ばちらぬん』自体にも、人間と大地と自然……そういった「生命」の循環は意識していましたね」。そう答えた上で、東盛は自身が映画に携わる理由を話し始めた。

「子供の時に、死ぬことが怖くて、自分自身が消えてしまう恐怖に泣いていた時期があったんですね。子供だから、思考が追いつかなかったんですよ。大人になるにつれて、自分の中で整理をしていってはいるんですけれども、今でもその気持ちは持っている。死について、わかることは、まだできなくて……。でも、どこかで自分が死んでも、エネルギーとして保存されていけないかな、と思って、映画をやっているところもありますね。誰かの記憶だったり、その土地に生きていた自分の足跡だったり。多分、さみしいから映画をやっているんでしょうね」

 『ばちらぬん』では、初監督・初主演という側面が大きく取り上げられるが、時にカメラを回したり、美術や編集にも携わったりするなど、いくつもの役割を兼任。大学卒業後の現在も、「俳優」「映画監督」として活躍するほか、沖縄タイムスにてコラムを書くなど、活躍の場を広げるばかりだ。

「クリエイティブなこと、楽しいことに手を出していきたいですね。コラムも、自分が文章を書くとは考えていなかったんですけれども『ばちらぬん』がメディアに取り上げられて、それを見てくださった人が「書いてみないか?」と声をかけてくださって。そういったチャンスがあれば、挑戦していきたいです」

「俳優」として、そして「映画監督」としては、どのような目標があるのだろうか?

「一番は俳優として面白いと思われて記憶に残りたい。それが源にあります。映画監督としては、自分が惹かれるものと場所で撮りたいな、というのはありますね。あとは、組のメンバーを引き連れて、沖縄でリベンジをしたい。当初の企画を撮りたい、というよりかは、過ごした時間と世界の状況をみて更新していきたい。そう思っています」

故郷の沖縄で映画を撮ることへの思いも、こう続ける。

「沖縄映画と言われる類のものがあるんです。何を基準に沖縄映画というかは、沖縄で撮ったから、沖縄出身の俳優が出ているから、沖縄出身の監督だから……様々だと思うんですけれども、沖縄の持つエキゾチシズムだけで描かれた映画が増えるだけなのは嫌ですね。沖縄の青い海、沖縄の優しい人々……想像の沖縄だけを映像化する映画はつまらない。自分は内側からみた与那国と、外側からみた与那国。両方を経験しているので、だからこそ撮れるものを探っていきたいな、と思っています」

自身が15歳まで過ごした与那国島で映画を撮ることが、想像の沖縄を助長させてしまう可能性を持つこと。その可能性であり、危険性を十分に理解した上で、東盛は故郷・沖縄での映画撮影を今後も目指していくようだ。東盛の故郷への思いは、とどまる所を知らない。最後に、東盛の溢れんばかりの与那国島への思いを乗せて、この文章を締めくくることにする。

「与那国の発信を今後も続けていくこと。与那国語もまだまだ勉強中ではあるんですけれども、それこそ自分が習得して未来の子供達に残していけたらな、と考えていて、与那国語をSNSでも発信するようにしているんです。与那国に興味や関心を持ってもらえたら嬉しいな、と思って、自称・与那国観光大使みたいなことを勝手にやっています(笑)。近いうち、力を入れていきたいのは、PFFに向けた『ばちらぬん』の発信ですね。ぜひ『ばちらぬん』を観て、与那国を浴びてもらえたら、と思っています」

取材日:2021年8月3日
取材・構成:中川鞠子


祝・PFFアワード2021 グランプリ受賞
受賞後の東盛監督からコメントをいただきました。

何か賞がとれれば…と願っていましたが、まさかグランプリをとれるとは驚きでした。諦めずに挑戦して本当によかったです。早く島に帰って直接報告したいけど、もう少し先になりそうです。まだ賞金はもらえていませんが、今後の『ばちらぬん』の上映に向けての資金にしたいと思います。また、先輩の工藤さんの背中を追うことができ嬉しく思います。私もスカラシップに挑戦したいのです。制作に携わってくださった皆さん、『ばちらぬん』を観てくださった皆さん、島のみんな、あらーぐ ふがらさゆ!(本当にありがとう!)


東盛あいか監督・映画『ばちらぬん』(PFFアワード2021 グランプリ受賞)

与那国の持つ記憶や文化を、個人の経験に重ねた実験作

与那国に積み重ねられた歴史や文化と、今そこにいない監督自身の物語。大きな時間に個人の経験を重ねることで、そこにいた人々の人生も想像させる。フィクションやドキュメンタリーの枠を超えた、土地と人々の物語。

2021年/カラー/61分
監督・脚本・撮影・編集・美術・与那国語指導:東盛あいか/撮影・VFX・カラーグレーディング:温 少杰/撮影照明助手・メイキング:西川裕太/録音・整音:西垣聡美、村中紗輝/制作・録音助手:木村優里/衣装:平井茉里音
出演:東盛あいか、石田健太、笹木奈美、三井康大、山本 桜

上映情報
・「第43回ぴあフィルムフェスティバル」にて 9月14日(火)14:30~/ 9月19日(日)14:30~の2回上映。
・「第43回ぴあフィルムフェスティバル」グランプリ受賞につき、9月25日(土)16:00〜の上映も追加決定!
・10月9日(土)〜10月15日(金)には、桜坂劇場(沖縄県)での劇場公開も決定。


第43回 ぴあフィルムフェスティバル

開催日時:
2021年9月11日(土)~25日(土)[月曜休館・13日間]

会場:
国立映画アーカイブ(東京都)

また「PFFアワード2021」は、DOKUSO映画館とU-NEXTで、9月11日(土)~10月31日(日)オンライン配信も開催!

「第43回 ぴあフィルムフェスティバル」の詳細は、下記の公式サイトからご覧ください。