採録|『ケイコ 目を澄ませて』アフタートーク  vol.3|北小路隆志

2023年2月24日、三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』のヒットを記念し行われた、出町座でのアフタートークの模様を全4回に分けてお届けしています。今回は、『やくたたず』に見られた三宅映画の特徴とその変化を、『THE COCKPIT』(2014)、『きみの鳥はうたえる』(2018)において確認します。


◆『THE COCKPIT』における「サイド・バイ・サイド」

並列的な「サイド・バイ・サイド」の構図を、『THE COCKPIT』(2014)という映画のさわりでも確認してみましょう。この映画は、ヒップホップがお好きな三宅さんが、愛知芸術文化センターからの依頼で「身体」をテーマに撮った作品で、僕はヒップホップについては全然詳しくないんですけど、結構有名な方であるOMSBさんが全篇に出てきていて、彼がトラックを作るプロセスが前半では描かれています。

◉映画上映|『THE COCKPIT』(冒頭)

『THE COCKPIT』 © Aichi Arts Center, MIYAKE Sho

(アパートかマンションの一室。ベランダに続く窓から、機材を搬入したり、人が出入りしたりしている。窓を背にした状態で机に向かうOMSBやBimの姿が正面から映し出されている。彼らは早速、机上の機材を触ってトラックを作りはじめている。)

ベランダに繋がっているのだと思いますが、彼らの背景には窓という「フレーム」があり、そこから続々と人が入ってくるところから映画は始まります。本当に小さな、普通のアパートかマンションの一室のように見えますね。先ほどの『やくたたず』のシャッターのように半ば開き、半ば閉ざされた敷居とでもいうか、そんな出入口になっています。

1時間ちょっとの映画で、そのうちの最初の30数分くらいは、カメラはほぼこの位置から動きません。で、この人たちは正面に置かれたままのカメラを意識するようには見えない。和気あいあいとしていたり、時に失敗が続いたりして、どことなく緊張が高まるなどしながら、トラックを作っています。後ろにもカメラが——つまり、切り返しのカメラが——設置されていて、三宅さん自身が覗きに行くのが数回見えたりもしますが、そのカメラで撮影されたカットは使われない。もちろんずっと長回しのままというわけではなくて、横から手持ちで撮った画面も短くインサートされるなど、編集はされていますが、ともかくこの構図がずっと続きます。

その固定のカメラで何が撮られているかといえば、ご覧になれば明らかな通り、「サイド・バイ・サイド」です。OMSBさんが孤軍奮闘しているとも言えますが、みんなひっくり返って画面に映らない状態になったりすることはあっても、足だけが見えていたりもして(笑)、本当に彼が1人きりになることはたぶんなく、もう1人、2人と増えてきたりもする。横に並んだ「サイド・バイ・サイド」の状態で、何かを作ろうとしている人たちを撮ろうとする、それがこの『THE COCKPIT』という映画です。さっきお話しした「ユリイカ」に載っていた廣瀬純さんの話も、この映画が主な対象になっているのですが、これは結構特殊な撮り方だ、とおっしゃっていました。たとえば、どうやってトラックを作っているのかを見せたいのであれば、それこそ周りの人たちの視線に沿って、その作業の手元を映せばいいんだけど、このカメラの位置はずっとここから動かない。これを見ていても、人間の関係性を「サイド・バイ・サイド」で示すことへの三宅さんの強いこだわりが感じられます。

◆『THE COCKPIT』における「契約」と「書くこと」、「3」という問題

そもそもこの映画は、このOMSBさんとBimさんという2人に、2日間で1曲を作ってもらうという「契約」に基づくもので、それがいかに履行されるかが映し出されています。期日までにこれこれの映画を撮り、仕上げる……というように、映画製作もまた何らかの「契約」なんだろうな、と思ったりもしますが、先ほどお話したように、この『THE COCKPIT』も愛知芸術文化センターとの「契約」によって撮られたわけです。

さっき『やくたたず』の話をするなかで、履歴書の文面についての話をしましたが、この映画にも「書くこと」が出てきます。それは、リリックを書くということ。まず、トラックを作り、そこにラップを乗せていくのですが、ここでの「書く」はそのためのリリックを書くということで、何度か紙が画面にも映し出される。その文面を吹き込む様子がそれに続きますが、それも切り返しとかではなく並列的な「サイド・バイ・サイド」で捉えられる。やっぱり「フェイス・トゥ・フェイス」ではないんですね。

さっきお見せした、前半の「サイド・バイ・サイド」のショットとは、ちょっと違うんですが、横に並んだ3人——声を録る人と、マイクに向かって何度かしくじってはチャレンジを繰り返す人、その後ろで待っている人——というかたちで、まさしく並列で撮られる。これもまた、「3」であって、3人が一緒に集まって何かを、——ここでは生成しつつある楽曲を——共有するわけです。ともあれ、『やくたたず』に3人がいるように、この『THE COCKPIT』にも3人がいる。

◆『きみの鳥はうたえる』

『きみの鳥はうたえる』 © HAKODATE CINEMA IRIS

三宅さんの「3」という数字へのこだわりを最も典型的に表す『きみの鳥はうたえる』(2018)という映画に話を移しましょう。ご覧になられた方も多いかと思うのですが、この映画は、「僕」として登場する柄本佑さんと静雄役の染谷将太さん、佐知子役の石橋静河さんの3人——男2人、女1人——の関係性、俗に言う「三角関係」を描いている。では、その関係性をどのような画面の推移で、つまりは映画的に描くのか。そこがスリリングな映画なので、ここでは全貌まで行けませんが、その一端を示す序盤の場面をいくつか参照したいと思います。

これから上映するのは、映画の前半で描かれる昼間のカフェのシーンですが、この場面に至るまでの彼ら3人の関係性を簡単に説明しておきたいと思います。「僕」と佐知子は同じ本屋でバイトをしていて、ただ、それだけの関係に過ぎなかった。だけど、佐知子は本屋の店長と特別な付き合いがあって、ある夜、その2人が出ていこうとしているところで、店の前で「僕」とばったり会う。佐知子は「僕」になんかちょっと触れるだけで、そのまま店長と立ち去るかのようでしたが、触れられた「僕」は、なぜか佐知子が戻ってくると感じ、賭けですけど待っている。すると、佐知子は実際に戻って来るんですね。その後、2人で飲みに行こうという話になって、いったん別れるのですが、映画内で何度も「誠実じゃない」と言われているように、「僕」は結構いい加減な性格らしく、その約束をすっぽかしてしまった。今からお見せするのは、その夜の翌日のお昼休憩で、たまたま2人が同じ店で鉢合わせた、という設定のシーンです。

◉映画上映|『きみの鳥はうたえる』(序盤)

(昼休憩時間のカフェ。1人で食べる「僕」のそばを佐知子が無言のまま通過し、彼に背を向けながら、昼ごはんを食べようとする。後ろから最初は気まずそうに声をかけ、佐知子の隣に席を移す「僕」。次第に打ち解けた様子で会話を交わすようになり、どこか微笑みを浮かべながら、パンを食べる「僕」を横から覗くように見つめる佐知子。)

「やっぱり誠実じゃない人なんだね」と佐知子が言い、「僕」が「誠実?」と怪訝そうに対応する様子を見ていると、彼のボキャブラリーに「誠実」という言葉なんてないことがよくわかりますよね(笑)。ご覧になられたように、しばらく寄りで2人を捉えていたカメラが、その誠実云々のやり取りを前に、引いた位置に切り換わることで、彼らが横並びであることもますます強調されるようになる。テラス席に座る2人の背後には、店内に繋がる半開きの扉みたいなものがあって、佐知子はそこを通過していましたが、ともかくこうやって2人を並べて、それぞれの後ろ姿をかすかにガラスに反映もさせて……というかたちで処理する。2人を映すとき、別に向かい合ってもいいはずですけど、こうした並列が選択されるんですね。

◆『きみの鳥はうたえる』における「手渡す」こと

『やくたたず』にあった「手渡す」という行為も、ここではライターを「手渡す」というかたちで出てきます。実は前日の夜、最初に2人きりになったときに、佐知子はライターを「僕」に渡していて、彼はたぶん他意もなくそのままポケットに入れて持って帰っちゃっていたわけです。それで、彼は二度も返そうとしているけど、あげるよ、と佐知子は受け取ろうとしない。それを受け取ると、2人の関係が終わるからかもしれません。むしろ佐知子は「僕」に「あげるよ」とパンを渡し、「僕」も素直にそれを受け取り、美味しそうに食べています。

◆『きみの鳥はうたえる』における「サイド・バイ・サイド」と「フェイス・トゥ・フェイス」

この後、2人はバイト先の書店に戻るのですが、彼らの関係性の深まりをある意味で効率よく示すその場面も、今日の話の文脈からいって興味深い。というのも、そこでも「向き合わない」2人が描かれるからです。

柄本さんが演じる「僕」は、誠実じゃない人ということで、まさに相手と向き合わない体質なのかもしれない。そう考えると、並列であることは必ずしもいつもポジティブな意味ではないかもしれません。でも、この書店の場面では、お互い見つめ合わない状態のまま仲は良くなる。ここでの2人の関係の深まりを、これまでお話ししてきた「サイド・バイ・サイド」か「フェイス・トゥ・フェイス」か、という捉え方の違いで考えると面白いと思うんです。

前のランチのシーンで「サイド・バイ・サイド」で捉えられていた2人は、仕事しながらこっそりスマホを見て、テキスト、つまり「書くこと」でやり取りをするんですね。「さっきはごちそうさま」という、「僕」からの文面だけが読み取れて、後は見えません。ここでは2人の顔のクロースアップが編集で繋がれていて、それでも何やら楽しいやり取りをしていることが伝わります。これは「フェイス・トゥ・フェイス」なのでしょうか? 実際に顔が向き合っているわけではないし、2人のあいだに物理的な距離もあるけど、疑似的に「フェイス・トゥ・フェイス」ということなのか? 実際に顔を対峙させているわけではないので、「フェイス・トゥ・フェイス」を回避している、とも言えるし、でも映画の編集上、まさに顔のやり取りで構成されるわけですから「フェイス・トゥ・フェイス」でもあるとも言える。そうやって考えると面白い場面だと思います。

もう1つ、驚かされるのが、すぐその後の場面で2人が「僕」の部屋でのキスから肉体的な接触に移るということです。たしかに、映画の編集上、「フェイス・トゥ・フェイス」で捉えられている、と言えるかもしれませんが、前の場面ではかなり距離を置き、お互いテキストのやり取りだけで繋がっていた2人が、顔と顔を向き合わせるといった手立て(段階)を踏まずに、すぐさま距離を破棄し、ダイレクトな肉体的接触——顔と顔を見合わせるどころじゃない関係性——に繋がるんだ、という驚き。やはり、テキストというかたちでの「書くこと」がとりあえずの「契約」を成立させるということなのか、いずれにしても、この唐突さも素晴らしい。

◆「3」の捉え方

もともとお話ししていた「3」の問題に戻ろうと思います。ここまでは「2」のやり取りの話でしたが、そこに3人目が加わるんですね。「僕」は静雄と、彼自身の説明によれば、家賃を節約するために一緒に暮らしていて、この「契約」が微妙な「三角関係」を生むことになるのですが、ともあれ、佐知子はその2人が一緒に暮らす部屋を訪れていた。そこに、静雄が夜になって帰ってくる。その場面もご覧いただきましょう。

◉映画上映|『きみの鳥はうたえる』(序盤・続き)

(帰宅後、うがいなどを済ませた静雄が合流するかたちで、3人はダイニングに集う。簡単な挨拶しかしていなかった静雄と佐知子は、あらためて「はじめまして」と、(ややぎこちない)乾杯をする。その2人の様子をみて、軽く笑う「僕」。「僕」が出る幕はなく、2人の会話が続く。)

まず、気づかされるのが、3人が一緒に収まるショットがないということですね。そして、しばらく続く「僕」の顔のクロースアップがとても有効に機能している。佐知子と静雄のあいだで顔のアップによる言葉のやり取り、やや切り返しに近い、「フェイス・トゥ・フェイス」に近いやり取りもあるんですけど、柄本さん演じる「僕」がその真ん中にいて、2人の様子を観察している。「はじめまして」と乾杯する2人の顔などが映るのではなく、自分の目の前でそれが行われる様子を興味深げに見守る「僕」の顔が画面に収まることになる。彼の顔のクロースアップのあいだ、当然、静雄と佐知子は画面の外にいるのですが、結構親密な会話になっているように思える。「僕」はもうそれに気づいているかのようだし、観客である僕らも、2人が意気投合していることや、その後の繋がりを予感してしまいます。自分は会話にほぼ参加せず、いきなり傍観者か媒介になったかのような「僕」の顔を通して、そうしたことのすべてが的確に伝えられます。

この映画が、あるいは、三宅唱が「3」にこだわるのは、1対1の「フェイス・トゥ・フェイス」、「2」だけでは描けない何かがあるからです。そんな意味では、「3」と「サイド・バイ・サイド」には大いに関係がある。では、『きみの鳥はうたえる』では、この「3」がどのようにして、今後描かれていくのか。最初に「3」が描かれるシーンは、まさに今、見ていただいたもので、こうした撮り方をしている。この後、3人でコンビニに行ったり、クラブに行ったり……といろいろな場面があるわけですが、3人の関係性をどのように撮っていくのか、ということを見ていくだけでもすごく楽しい。それが三宅さんの映画の面白さです。

いわゆるネタバレになるので具体は言えませんが、だからこそこの映画は「フェイス・トゥ・フェイス」をすごく強調するかたちで終わる。これまでの作品では、「サイド・バイ・サイド」が強調されてきたし、今回お話しするにあたってもそれらを断片的に確認してきましたが、「サイド・バイ・サイド」だけが素晴らしい、というか、そうした関係性の捉え方をユートピアとするわけではない。そうした意味でも、『きみの鳥はうたえる』の最後——「サイド・バイ・サイド」で繋がっていた何かがもう壊れようとするときに、「フェイス・トゥ・フェイス」で向き合わなければならなくなる、という終わらせ方——は、やっぱり、この映画の論理としてそうなるよね、と納得せざるを得ないし、そこに深く感動もさせられるわけです。


関連作品①:『THE COCKPIT』

『THE COCKPIT』
© Aichi Arts Center, MIYAKE Sho

新たな映画づくりを模索するなかで、ヒップホップの音楽づくりに刺激とヒントを求め、この企画はスタート。OMSB、Bim、互いをリスペクトしあうふたりに三宅唱が曲の共同制作を依頼し、二日間の過程を日常と地続きの創作の楽しさとして映し出す。そして本作でしか聴けない曲「Curve Death Match」が完成した。


2014年/64分

監督・編集:三宅唱 
撮影:鈴木淳哉、三宅唱 整音:黄永昌 プロデューサー:松井宏
企画:愛知芸術文化センター 制作プロダクション:PIGDOM

上映情報:「三宅唱監督特集2023」(出町座)【Eプログラム】にて上映。


関連作品②:『きみの鳥はうたえる』

『きみの鳥はうたえる』
© HAKODATE CINEMA IRIS

函館郊外の書店で働く「僕」と⼀緒に暮らす失業中の静雄。「僕」と同じ書店で働く佐知子が加わり、3人は、夜通し酒を飲み、踊り、笑いあう。だが微妙なバランスのなかで成り立つ彼らの幸福な日々は、いつも終わりの予感と共にあった。佐藤泰志の小説をもとに、原作の骨格はそのままに、舞台を東京から函館へ移し、現代の物語として大胆に翻案した。


2018年/106分

監督・脚本:三宅唱 原作:佐藤泰志 企画・製作:菅原和博 
プロデューサー:松井宏 撮影:四宮秀俊 照明:秋山恵二郎 音楽:Hi’Spec
出演:柄本佑、染谷将太、石橋静河、足立智充、山本亜依、渡辺真起子、萩原聖人

上映情報:「三宅唱監督特集2023」(出町座)【Dプログラム】にて上映。

・5/5(金・祝)18:40-【D】(20:30終)
・5/7(日)18:20-【D】(20:10終)
・5/9(火)18:20-【D】(20:10終)
・5/11(火)18:20-【D】(20:10終)


三宅唱監督特集2023(出町座)

『ケイコ 目を澄ませて』ロングラン御礼企画(2023/04/28-2023/05/25)

三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』は2022年度の各映画賞で非常に高い評価を得、多くの観客からの絶大な支持も受けました。出町座では昨年12月の封切りよりロングラン上映中ですが、ご来場のお客さまがいまだ途絶えることがありません。そんな稀有な作品を世に放った三宅唱監督のこれまでの作品を独自の形で上映します。劇場用長編映画として撮られた作品はもちろん、インディペンデント作品、アートプロジェクト企画や地域との連携、ミュージックビデオなどのアーティストとのコラボレーションなど、非常に多角的なフォーマットに柔軟に対応しながら、ひとつひとつが明確なアプローチを持ち、原初的かつ新鮮な映画的魅力に満ちた三宅監督の多様な作品群を、ぜひこの機会にご体験ください。

◉上映プログラム◉

【Aプログラム】『1999』『4』『マイムレッスン』『やくたたず』

【Bプログラム】『スパイの舌』『NAGAHAMA』『密使と番人』

【Cプログラム】『Playback』

【Dプログラム】『きみの鳥はうたえる』

【Eプログラム】『THE COCKPIT』「Goin Back To Zama City」

【Fプログラム】『無言日記2014』『土手』

【Gプログラム】『ワイルドツアー』

【Hプログラム】『無言日記2015』『ROAD MOVIE』

◉トークイベント情報◉

5月3日(水・祝)【Bプログラム】上映後
登壇:三宅唱監督
聞き手:北小路隆志(映画批評家/本学映画学科教授)